北海道発 秋山財団ネットワーク形成事業「新しい公共」の担い手づくり


Vol.24 大雪・やんばるの天然林を守れ(2011年4月号)

日本森林生態系保護ネットワーク(CONFE)

  

 公益法人秋山記念生命科学振興財団(秋山孝二理事長)では、北海道発の新しい公共の担い手を育成し、分野横断的な課題に対してネットワークを形成して課題解決に取り組むプロジェクトを支援する「ネットワーク形成事業」を2008年度から実施している。助成期間は3年。現在6つのプロジェクトを支援している。各プロジェクト代表者と秋山理事長の対談第4回は、「日本列島の原生的森林において、伐採・環境攪乱が森林生態系及び生物多様性に及ぼす影響評価」に取り組む日本森林生態系保護ネットワーク(CONFE)事務局長の市川守弘さん、市川利美さん。(聞き手/ISM編集長・堀武雄)

 

ノグチゲラが営巣できないイタジイの森の伐採跡地


 ――今年は3年間の助成期間の最終年度。活動内容とその成果についてお話下さい。

 市川守弘(以下、市川)  日本に残された数少ない天然林である北海道の大雪山系と沖縄やんばるの森で、皆伐が行われています。その生態系への影響について調べました。まず沖縄本島北部のやんばるの森。主体となるのはイタジイという椎の木。ほかに沢の湿気の多いところに大木になるオキナワウラジロガシという樫の木があって安定している極相林です。やんばるの固有種であるノグチゲラは直径20p以上のイタジイに営巣します。また、これも固有種であるヤンバルテナガコガネという昆虫やケナガネズミ、トゲネズミという小動物がオキナワウラジロガシの洞を利用して生活しています。したがってイタジイとオキナワウラジロガシがなければ森の生物相が維持できません。そういう前提を押えた上で、伐採によってオキナワウラジロガシやイタジイがどうなるのかを調査しました。最初に状態の良い自然が残っている天然林で基本的なデータを取りました。そこで極相林の様子をデータとして押えることができました。次に1972年の本土復帰直後に伐採し、植林したところを調べました。さらに伐採直後の場所についてもどういう木が残っているかを調べました。その結果、イタジイについて言うと、本土復帰後に伐採したところでは、直径14pくらいにしか育っていません。伐採から40年近くたちますが、ノグチゲラが営巣できる木が育っていないということです。伐採あとに植林していたリュウキュウマツも半分くらいしか残っていません。イタジイは萌芽更新といって、切り株から芽が出て育っている。成長が早いので、他の木は日陰になって成長できないんです。ただ、萌芽更新したイタジイはありましたが、実生といって種から育ったイタジイはありません。本来、健康な森は、数少ない太い木、中くらいの数の中くらいの木、そして数多くの小さな木という構成であれば世代交代が容易にできるんですが、伐採したところではそれがありません。おそらく1020年たてば萌芽更新から実が落ちて実生が出てくるだろうと思いますが、現状ではノグチゲラは営巣できません。

 

オキナワウラジロガシは伐採すると再生できない


 市川 伐採した直後の場所では、下草刈り施業が行われていました。萌芽更新したイタジイを伐ってしまうんです。萌芽更新でイタジイが育ってしまうと、植林した木が育たないから、というのがその理由です。調査に入った場所でも、イタジイの萌芽更新がことごとくきられていて、植林したイジュの木だけの森になってしまいます。ですから、一見緑が回復しているように見えても、本来のイタジイの森は消滅していくことになります。

 ――オキナワウラジロガシについてはどうでしたか。

 市川 天然林の調査で、温湿度気計を設置して、オキナワウラジロガシが生育する環境を調べました。温湿度が一定で高湿度の場所じゃないと種が落ちてもすぐに乾燥して枯れてしまうようです。ですから、伐採したあと、オキナワウラジロガシは再生しないんです。オキナワウラジロガシが残っているところと、伐採箇所で温湿度を調べてグラフ化しました。残っているところでは湿度がかなり高い範囲で一定しているのに対し、伐採箇所では湿度が上下している。湿度条件がオキナワウラジロガシの再生のポイントになっていることがわかります。それで沢筋にオキナワウラジロガシがある理由も判りました。そこを伐採してしまうと、温湿度が山の中腹や山頂のような環境になってしまうんです。

 秋山 調査で得たデータや事実は今後にどう生かしていきますか。

 市川 2010年10月に沖縄大学で開催したシンポジウムで報告しました。ほかにダニやキノコなどについて研究している先生方に報告していただき、観客は150人。このまま伐採を進めるとやんばるの森の生態系がだめになるという問題意識を共有できたと思います。このシンポジウムの内容を沖縄大学が冊子にまとめる予定になっています。その前、2009年3月に「やんばる イタジイの森のなぜ」という冊子を作りました。やんばるの森で何が起きているのかを沖縄県民を含めて全国の人に知ってもらうためにまずこれを作りました。秋山財団の名前も入れてあります。

 

層雲峡、石狩川源流部で違法伐採の可能性が


 ――大雪についてはどうでしたか。

 市川 最初は皆伐現場を調査しました。2年目にそこがナキウサギの生息地だったことがわかり、3年目に行ったら、植林したトドマツがほとんど枯れたりがけ崩れで流されたりしていて、そこにエゾイチゴのハンゴンソウが侵入してきて一面草原になっていました。森ではなく草原になったのを「緑が回復した」とは言いません。それから層雲峡の奥の山で皆伐現場が発見され、2年目、3年目はそこの調査に入りました。伐採する際は、まず伐る木を決めて印(テープ)を付け、伐ったあとの切り株にそのテープを移すんです。そうすると、伐根を調べれば計画通り伐ったかどうかが判るわけです。ところがそこではテープの付いていない切り株がある。違法伐採の可能性が高いんです。林野庁と調査に行くと、「テープを移す必要はない。請負で本数が決まっているので、それ以上に無駄な金をかけて伐るはずがない」という言い方をします。そこで「全国から市民を募って伐根の数を全部調べますよ」と言っています。それで本数が合わなければ違法伐採があったということです。今年の夏に入る予定です。

 ――もともと自然環境保護に関心を持つ人や団体同志はつながりやすいでしょうが、一般の人にアプローチする道はありますか。

 秋山 どうすればネットワーク形成のきっかけを作れると思いますか。

 市川 やっている方としては自然につながっていく。

 利美 2010年の6月に大雪の伐採問題でシンポジウムを開いたとき、実際に大雪を見に行くツアーをやりました。そのときは調査メンバーのほかに一般の市民の方が10名ほど参加してくれました。ただ、それがその後の活動につながるかというとなかなか…。

 市川 徐々にではありますが、変わってきているんです。道有林では天然林はほとんど伐採できなくなっています。それは運動の一つの成果。道南のブナ・ヒバの天然林ももう伐らないことになりました。

 秋山 そうなるとある種の政策提言ですね。

 利美 去年大雪で判明したのですが、石狩川の源流部で、広い集材路を作っていました。重機で土壌を抉っていて、土砂が沢に流れ込んでいる。伐根がたくさんあって、クヌギの大木が倒されている。でも伐根の3分の2にはマークがない。つまり違法罰しあの可能性が高いんです。林野庁は認めませんが。

 市川 計画の3倍伐っているということですね。

 利美 集材路を作るには知事の許可が要るんですが、土場や林道を許可以上に作っていれば数字で判りますから、その点を問題提起したら、北海道森林管理局が自ら調査をして報告書をまとめました。実際の集材路が計画の10倍に及んでいるということを認めたんです。

 市川 これは森林法の届出義務違反になります。罰金ですね。しかし違法伐採は絶対に認めない。

 利美 でもなぜ集材路を余分に作るかと言えば、余分に伐るためですよね。

 

生態の持続性がなければ社会も経済も持続しない


 ――プロジェクトの目標としては、大雪ややんばるの天然林を手付かずのまま保全しようということ。3年前にプロジェクトを開始した頃と比べて前進はありますか。

 市川 大雪では計画伐採量が減っています。

 利美 私たちが調査した伐採地域周辺の天然林は伐採量が落ちているんですが、本当は制度として変えたいんです。

 市川 人工林をちゃんと手入れをして稼げる森にすれば、天然林に手を付ける必要はないんです。動植物もメチャクチャになる。やんばるが今その危機に直面しています。狭い地域ですから、イタジイが減ってきているということはノグチゲラはもう難しいかもしれない。テナガコガネももう絶滅してしまったかもしれません。洞のある大きなオキナワウラジロガシはもうほとんどありませんから。

 ――今後、天然林を保全するためにはどういう形が望ましいですか。

 市川 いい例がアメリカにあります。クリントン政権の末期に農務大臣が「国有林はどうあるべきか」という科学者会議を招集し、1年かけて報告書を出しました。「社会は持続的でなければならない。持続性には3つある。1つは生態の持続性、もう1つは社会の持続性、そして経済の持続性。だが、社会の持続性も経済の持続性も生態の持続性がないところには成り立たない。したがって生態の持続性を維持することを基本としなければならない」。ニシンなどの例をみてもそうですよね。生態の持続性を損なうような経済活動は持続しない。生態の持続性を維持するにはどうするか。今の科学では生態にはわからないことが多過ぎる。ある程度わかっているのは、種と、その種を守っている生態系、つまり生物多様性ですね。したがってそれを基準にしようと報告書は言っています。森全体を代表するような動物、例えばやんばるのノグチゲラが生息できるような森はどういう森か。どういう餌を食べ、その餌が育つにはどういう環境が必要か。それを10年くらいかけて調査し、ノグチゲラの生存率、死亡率を調べ、生存率が死亡率を上回るような森を作らないと絶滅してしまう。

 秋山 そういう調査にお金を使えばいいのに。

 市川 そうなんです。そうすれば調査員の雇用の場ができるし、すごくいいデータが取れます。その上で、初めてどれくらい伐れるか、あるいは伐ってはいけないのかが判る。この報告書を受けてクリントン政権はワシントン州やオレゴン州のオールド・グレート・フォレスト(原始の森)の伐採量を4分の1に減らしました。林業従事者や製材所の労働者に対して11兆円を投入して職業訓練や転職機会を確保した。そういう取り組みが必要だと思います。

 ――今後の活動についての展望は。

 市川 CONFEとしては今年度で秋山財団の助成期間が終了ですので、その報告書を出します。学術報告書的なものと啓蒙的なパンフレットを予定しています。それからこの3年間の調査でいいネットワークや成果が出ましたので、それを基に活動を続けたい。下草刈り施業の影響を調べたり、本来の森がどれだけ残っているのかを地図に落としていきたい。

 ――秋山財団ネットワーク形成事業を利用していかがでしたか。

 市川 本当にありがたかった。いろんな団体の人たちが市民活動のネットワークを全国に広げていけば、市民が主体となった、市民が主人公になる社会が開けていくような気がしますね。それから地方には地道に一所懸命やっている人が本当にたくさんいる。層雲峡の伐採現場を教えてくれたペンション経営者とか、やんばるで仙人のような生活をしている人、国頭で小さな旅館を経営している人などが私たちを応援してくれて、情報を提供してくれる。上の方を見ると日本はもうどうでもいいや、と思ってしまいますが、足下を見ると日本も捨てたものじゃないと思えます。

 *なお、秋山財団では、新年度のネットワーク形成事業対象プロジェクトを公募している。詳しくは下記の同財団ホームページで。


 
 

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