北海道発 秋山財団ネットワーク形成事業「新しい公共」の担い手づくり


Vol.21 企業力で地域課題を解決(2010年12月号)

 社会起業研究会「ソーシャルビジネスの調査研究」

  

 公益財団法人秋山記念生命科学振興財団(秋山孝二理事長)では、北海道発の新しい公共の担い手を育成し、分野横断的な課題に対してネットワークを形成して課題解決に取り組むプロジェクトを支援する「ネットワーク形成事業」を2008年度から実施している。主眼は人材育成とネットワーク形成。助成期間は3年で、現在、6つのプロジェクトを助成している。今回から各プロジェクトの代表者と秋山理事長の対談を掲載する。今回は社会起業研究会の小磯修二釧路公立大学学長。(聞き手・堀武雄)

 

地域でソーシャルビジネス

釧路舞台に「理論と実践」


 ――今年度はネットワーク形成事業の3年の助成期間の最終年度。この間の取り組みと成果、ネットワーク形成事業の意義、今後の展開などについて話し合っていただきたいと思います。

 小磯 私は秋山財団の社会貢献活動への助成事業からお手伝いをさせていただいていました。秋山理事長から、時間はかかってもしっかりと地域社会に根付くような新しい市民活動支援事業のスキームを設けたいとうかがっていました。それがネットワーク形成事業。その主旨、狙いを受け止め、独自事業として新たにスタートしたのが社会起業研究会のソーシャルビジネスの調査研究事業です。釧路公立大学の地域経済研究センターで地域の活性化に取り組む中で、広い意味でのソーシャルビジネスとして、社会的な課題に向き合うビジネスマインドを持った活動、実践的にそれを手掛けていく社会起業、それらの活動を地域社会に根付かせていく取り組みを、ネットワーク形成事業の支援を受けて展開したい、ということでスタートしました。

 活動の柱の一つは調査研究です。ソーシャルビジネスが地域に根付くための理論的検証と専門家からの情報収集を行い、北海道に発信しました。

二つ目は、ネットワーク形成。幅広い人々、企業・機関を含めたネットワークづくりです。取り組みを共有する方々の輪を広げ、地域社会のうねりにしていく。具体的には地域経済レポート『マルシェノルド』や、FMくしろへの出演、講演会活動などでネットワークの拡大を図りました。

 三つ目は理論と実践という面から、具体的な取り組みを展開しようということです。釧路をベースにソーシャルビジネスを実践する担い手として相原真樹君というパートナーを得て、講演会やフォーラムのほか、今年は実践的なチャレンジショップを1日だけ開き、ソーシャルビジネスを志す人たちを集めました。その中から恒久的な店舗を作りたいという人も出てきています。

 

人材・ノウハウ・資金力

民間大企業の力を役立てる


 小磯 ソーシャルビジネスには、NGOやNPOのボランティア的な活動を安定的に行っていくためにソーシャルビジネス的な視点を取り込んだものと、志をもって会社を立ち上げソーシャルビジネスを行うものがあります。この二つの範疇についてはこの3年間で社会的にもソーシャルビジネスが大きな潮流になり、国の手厚い政策支援なども生まれました。社会起業研究会としては、今年度、もう一つのソーシャルビジネスの視点として、民間企業が持っている力を地域の社会的課題解決に役立てるような取り組みをしています。民間の大企業は人材とノウハウと資金力を備えています。それを地域の社会的課題の解決や地域活性化に役立てようということです。きっかけになったのは昨年来札したムハマド・ユヌスさんです。彼のソーシャルビジネスは大企業の持っているノウハウを上手く使って貧困問題や子どもの健康問題を上手く解決しています。

 政府の力はどんどん小さくなり、日本でも政府の財政は大変厳しい。民間企業の力を使って社会的な課題に向き合うことは、これからの大事な社会システムではないでしょうか。民間企業の動きと地域の課題解決に向けたニーズを上手く結びつけるソーシャルビジネスの取り組みを実践的に展開しています。日本IBM、全日本空輸グループ、釧路公立大学地域経済研究センター、釧路丸水が立ち上げた「スマーターフィッシュ・プロジェクト推進会議」は、釧路の鮮魚を大消費地に届ける高速流通システムと、鮮魚情報システムを構築しようというものです。地域と企業の共生を目指しています。

 秋山 社会起業研究会はネットワーク形成事業のモデルとなるような事例です。この間、(ソーシャルビジネスブームのような)追い風がありましたが、それに乗っては本来の主旨とは違ってくる。そうならずに領域をきっちり守っているのは、コンセプトと計画がしっかりしているからですね。

 小磯 大切なのは何を目指すかという理念、ミッションをしっかり持つことです。

 秋山 小磯先生自身の立ち位置が明確ですね。研究会を開くたびにいろんな方が集まってきて、人の集積が増えていく。それぞれの役割がはっきりしている。ですからネットワーク形成事業の一つのモデルパターンとして小磯先生のプロジェクトがある。

 ――秋山財団のネットワーク形成事業の意義について、どうお考えですか。

 小磯 これだけ本格的な支援システムは他にありません。ただ、3年間という長期助成で、しっかりとして予算を付けた支援事業は、一方で採択した事業が期待はずれだったというリスクもあります。事業の立ち上がり、例えば最初の1年でどういう事業展開をしていくか、見極める期間も必要ではないかと思います。採択されたら3年間それでOKということではなく、場合によっては途中で断念するとか、修正する。支援スキームの中に機動性、柔軟性があってもいいと思います。

 

今は政府の力より企業の力が大きい


 
小磯 ソーシャルビジネスについて理解を深めることきっかけになったのが、社会起業研究会の最初の講演会の講師だった足立直樹さん(編注・レスポンスアビリティ代表。2008年7月「本物のCSRを目指して〜持続可能な社会のために企業ができること」をテーマに札幌で講演した)です。それが今につながっています。足立さんから「今は政府の力より民間企業の力の方が大きいんですよ」と教わったんです。前向きなマインドを持つ民間企業は、社会的な課題解決に政府以上に強い関心を持っています。逆に言うと、関心を持たないとこれからの大企業経営はできない。

 秋山 国際競争の中で比較優位性を保つためにはそこに取り組まざるを得ない。切実な状況がありますよね。

 小磯 1012日のNHK「クローズアップ現代」に足立さんが出演されていました。テーマは生物多様性。足立さんが例に出していたのがネスレなんです。キットカットのチョコレートの原料のパームオイルがマレーシアのオランウータン生息地の森林を伐採して作られている。それをグリーンピースが指摘しました。ネスレはそれを認め、もうパームオイルは使わないことにした。その結果、ネスレの評価が上がったんです。

 秋山 先日の経済同友会でもCSR事例としてネスレを採り上げていました。ただ、日本企業はNGOに問題を指摘されると、それに屈するかのような印象が強い。NGO活動を認めていないような感じがします。ネスレの対応とは、近いようでまだ距離がありますよ。

 小磯 それに近い芽はあります。例えば石屋製菓。白い恋人があれだけ叩かれましたが、その時の反省で、徹底的に工場をきれいにしました。従業員の「これ、ちょっとおかしいですよ」のひと言で2日間、再開を延ばした。それが企業の価値となって、今は最高の売上を上げています。企業にとってもソーシャルビジネス的なマインドで地域社会と向き合うことが、長い目で見れば良い経営につながる。

 秋山 消費者と向き合っている企業はそういうマインドが強いですよね。

小磯 消費者の声、ニーズは企業の最大の財産ですよ。

 秋山 クレームを言っていただくのは「ありがとうございます」の世界ですよ。普通だったら他に選択肢があるのだから、そっちへ言ってしまうわけですから。

 

地域の社会的課題を発見し解決する楽しさと喜び


 小磯 昨年7月、日本IBM主催のフィランソロフィーである全国学長会議に参加しました。IBMが提唱するスマータープラネットは、環境問題や都市問題に取り組むものです。彼らの関心は都市だったんです。彼らのマーケットですから当然なんですが、その時私は、地方にも向き合ってくれませんか、という提案をしました。それを彼らはすぐに受け止めてくれました。人は少なくても地方には自然がある。自然にきっちり向き合い、IBMが貢献する姿は、将来的に自分たちの経営のプラスになる。そういう判断です。その年の内に日本IBMの役員が私の大学に来てくれました。そして彼らが注目したのが釧路の鮮魚。それがスマーターフィッシュ・プロジェクトにつながったんです。

 ――今年度で3年間の助成期間が終了します。今後の展開についてどうお考えですか。

 小磯 ネットワーク形成事業で培った経験をどう展開するか、ネットワークをどう発展させるか。ネットワーク形成事業の手を離れ、私たちが主体的にやっていかなければならないと思っています。

 秋山 たくさんの人を巻き込んでいるプロジェクトですから、それぞれに新しい気づきがあるわけです。改めて「次に何をやろうか」と話し合う必要もなく、それぞれの人がやるべきことを見つけているような気がしますね。そういうベクトルが3年間で作り出せれば自ずとベクトルの行く先が見えてくる。地域の課題を発見し、解決することの楽しさや喜び、気づきがあれば、そこは信頼してもいいんじゃないかと思っています。


 
 

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