北海道発 秋山財団ネットワーク形成事業「新しい公共」の担い手づくり


Vol.16 CSRで新しい潮流を(2010年5月号)

持続可能な地域形成に向けての公的事業活動システムのあり方についての調査研究事業 社会起業研究会

 
 公益財団法人秋山記念生命科学振興財団(秋山孝二理事長)では、北海道発の新しい公共の担い手(社会起業家)を育成して分野横断的な課題に対してネットワークを形成して課題解決に取り組むプロジェクトを支援するネットワーク形成事業を2008年度から実施している。主眼は人材育成とネットワーク形成で、助成期間は3年。現在、6つのプロジェクトに対して助成を行っている。今回はその中から、社会起業研究会のこの2年間の成果、今後の展開などについて代表の小磯修二釧路公立大学学長に訊いた。(文責・堀武雄)

 





地域社会の問題解決に市場メカニズムを導入


 社会起業研究会の「持続可能な地域形成に向けての新たな公的事業活動システムのあり方についての調査研究事業」のキーコンセプトはソーシャルビジネス≠セ。小磯さんは「政府に頼ることなく、民間の企業活動でもなく、北海道という地域が自力で安定的に発展を図っていくために、新しい形の市民・社会・公的活動のあり方を発掘し、それを北海道の新しい潮流にしていきたい」と事業の趣旨を語る。医療・福祉問題、環境問題、貧困問題など地域社会の問題を解決するに当たり、無闇に政府・自治体に頼ることはもうできない。一方、ボランティア、企業メセナのような慈善事業では大きな仕事はできない。資本主義社会を動かしている市場メカニズムの仕組みを採り入れ、ビジネス手法を駆使して社会的な課題に向き合い解決する仕組み。それがソーシャルビジネスだ。

 社会起業研究会の活動の柱は3つ。1つ目は調査研究事業。理念や理論、目的を研究し、深めていくため、専門家による講演会をこれまで4回開催した。第1回は08年7月、レスポンスアビリティ社長の足立直樹さんを招いて「本物のCSRを目指して〜持続可能な社会のために企業ができること〜」と題する講演を行った。第2回は北大公共政策大学院教授の菅正広さんの「北海道から日本のマイクロファイナンスを始めてみませんか?〜社会起業が変える内外の貧困・格差〜」。第3回は09年7月に「自然環境の保全・再生と社会企業」をテーマに、ネイチャースケープ社長の中川功さん、北海道開発協会開発調査研究所主任研究員・苫東環境コモンズの草刈健さんが講演。今年3月の第4回は「生活当事者主体の実践からソーシャルビジネスの今後を考える」と題してNPO法人地域生活支援ネットワークサロン理事・事務局顧問の日置真世さんが講演した。

 そのほか、事例調査や関連資料の分析などを行い、その中から研究会の講師を呼ぶこともしている。

 

広報誌・FMで情報発信

理論構築から実践へ


 2つ目の柱は社会起業研究会を核として波及拡大(エクステンション)、ネットワーク形成だ。過去4回の社会企業研究会の参加者と交流を深めているほか、小磯さんがセンター長を務める釧路公立大学地域経済研究センターでは、北海道開発協会の広報誌『開発こうほう』の特別号として年2回発行している地域経済レポート『マルシェノルド』に編集企画協力しており、その中でソーシャルビジネス特集を掲載。さらに釧路のFMくしろに「地域活性化研究所」という、30分番組を持ち、年12回小磯さんがMCとなってソーシャルビジネスについて語っている。

 「これは本格的な授業と言っていいほどきっちり語る番組です。地元の商業者、学生、タクシードライバーらから大きな反応がありました。『お金を稼ぐだけの時代じゃない。自分で社会的な問題を見つけて向き合うことも大事だ』という反応があります」

 と小磯さんは語る。

 社会企業研究会以外の活動との連携も積極的に行っている。昨年9月、ノーベル平和賞を受賞したバングラデシュのムハマド・ユヌスさんが来道した際には、北大と協働して講演会を開催。昨年10月には福祉団体の全国大会が釧路で開かれ、小磯さんがソーシャルビジネスの手法による福祉活動の持続的発展というテーマで基調講演を行っている。

 3つ目の柱は、「実践してみないと本当の理論的解明にはつながらない」(小磯さん)ことから、社会企業研究会の事業形成の手法として、釧路を舞台にソーシャルビジネスを実践すること。NPO法人スタッフの相原真樹さんを担い手としてソーシャルビジネスを展開していくという取り組みをしているほか、昨年6月と10月に社会企業フォーラムを開催。6月は全国でソーシャルビジネスを展開している人々を招き、小磯さん、相原さんとディスカッション。10月には、釧路でソーシャルビジネスをやろうとしている担い手3人とのディスカッションを行った。

 

CSR「企業ができること」

企業にも地域にもプラスに


 一方、この2年間の社会企業研究会の活動の中から課題も見つかっている。ソーシャルビジネスをコンセプトとして社会企業研究会を立ち上げたときには、まだ新しいコンセプトだったが、「今では政府の雇用政策や地域経済再生の担い手としてソーシャルビジネスが浮上してくるなど、予想以上に普及が進み、北海道経済産業局の支援事業としてソーシャルビジネスフォーラムが開かれるようにもなりました。当初は、3年かけてソーシャルビジネスをしっかり広めていこうと考えていましたが、政府が支援するのであればそこは国に任せ、秋山財団の浄財でネットワーク形成事業を展開している私たちは少し重点をシフトさせていく必要があります」(小磯さん)。そこで、企業のCSR(Corporate Social Responsibility=企業の社会的責任)活動を持続可能な地域の公的な事業システムに組み込む手法を模索することにした。

 社会企業研究会の第1回で講演した足立さんが「CSRは企業の社会的責任≠ニ訳されているが、Responsibilityは日本語の義務を伴う責任≠ナはない。できること≠ニいう意味。したがってCSRとは、企業ができることは何かということから考えていくべきである」と語っていた。昨年来札したユヌスさんは大企業との連携、大企業の力をいかに使って貧困問題、環境問題などを解決していくかという話を繰り返していたという。

 一例としてフランスの食品メーカー・ダノンとユヌスさんのグラミン銀行の提携事業がある。バングラデシュは貧困国の一つ。栄養不足や飢餓でなくなる子どももいる。グラミン銀行は小額の資金融資(マイクロ・ファイナンス)により貧困層の人々が自分で働く場所と意欲を作ることに貢献しているが、ダノンはこの仕組みに注目し、グラミン銀行と提携してプチダノンと呼ばれる安価なヨーグルトを販売。栄養不足の子どもたちを救った。今ではその需要がインドにも拡大、プチダノンはメジャーなブランドになり、ダノンの売上が大幅に伸びているという。小磯さんは

 「社会問題にしっかり向き合うことで地域社会も企業も互いに上手くいく。これがソーシャルビジネスだと思います。ユヌスさんは経済学者であり実践的な活動家でもあります。ダノンの例は自由主義経済における地球社会の仕組みとして非常に質が高いと思います。北海道に関わる企業、北海道をフィールドとしている企業に働きかけ、地域にも企業にもプラスになるような新しい取り組みを展開したいと思っています」

 と語る。まだ具体化はしていないが、すでにいくつかの道内企業からアプローチがあるという。

 秋山財団の助成は今年度が最終年度となるが、この間の活動の中から独自の事業展開を具体化させるのが今後の課題。小磯さんは

「最低でも1つは具体的な事業としてソーシャルビジネスを展開したい。できれば企業のCSR活動との連携で地域に新しい潮流を起こし、ソーシャルビジネスの新しいモデルを構築したいと思っています」

 と抱負を語っている。

 
 

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