北海道発 秋山財団ネットワーク形成事業「新しい公共」の担い手づくり


Vol.12 希少な天然林を護れ(2009年12月号)

伐採・環境攪乱が森林生態系及び生物多様性に及ぼす影響評価


 「日本森林生態系保護ネットワーク」(略称・CONFE)は、秋山財団の支援を受け、沖縄・やんばると北海道・大雪の森林伐採が森林生態系に与える影響を調査している。2年目の今年は、沖縄で6回、北海道で5回の現地調査を行い、多くの成果を上げた。事務局を担う弁護士の市川守弘さんに聞いた。

  皆伐されたやんばるの森


伐採がやんばる森林生態系に潰滅的打撃


 沖縄北部のやんばる地域、北海道の大雪山系は、日本に残る数少ない天然林だ。だが、その希少な天然林が伐採の危機に晒されている。そこで、天然林と伐採地を調査することによって、皆伐が森林やそこに棲息する動植物にどのような影響を与えるのか、科学的に明らかにする必要がある。それが「日本列島の原生的森林において、伐採・環境攪乱が森林生態系及び生物多様性に及ぼす影響評価」だ。昨年を初年度として3年間、秋山財団の支援を受けて調査を進めている。

 「非常に良い森林が残っているところと伐採地を比較調査した結果、いろいろなことがわかりました」(市川さん)

 やんばるの極相林では、大きなドングリがなるオキナワウラジロガシやイタジイの幼木・中木・高木が満遍なく存在している。その数は幼木ほど多く、高木は少ない。その分布はきれいなピラミッド型を示す。いろいろな樹齢の木がバランスよく分布しているのだ。

 ところが伐採地では、幼木がなく、切った根株から発芽する萌芽更新が大半。樹齢に応じた分布が破壊されているのだ。そして荒地に生えるアカメガシワやリュウキュウイチゴが生えている。このことは一度伐採してしまうとやんばるの本来の森林が潰滅的打撃を受け、まったく別の森になってしまうことを示している。

 このような森林では、天然記念物で絶滅危惧種でもあるノグチゲラが生息できない。直径20p以上のイタジイに営巣するヤンバルクイナも生息できない。今年の調査では、極相林と伐採地に自動カメラを設置した。極相林のカメラにはヤンバルクイナが頻繁に写るのに対し、伐採地ではほとんど見かけない。また、カメラと一緒に設置した温湿度計によると、極相林では温度・湿度とも非常に安定していたのに対し、伐採地では極端な温度変化が見られ、急激に気温が上昇する。それに伴って乾燥しやすいことも判った。

 「このことから、谷筋に生えるオキナワウラジロガシは、温度差が安定し、湿度が高くなければ成長しないのではないか、という仮説を立てています。伐採地ではオキナワウラジロガシをほとんど見ません。一度伐採すると再生は不可能ということです。今はまだ仮説段階ですが、今後、もっとデータを集めて証明したいと思っています」

 

ナキウサギ・永久凍土

新たな発見、次々に



 大雪山系での調査の様子


 北海道・大雪山系では、一昨年に伐採されたタウシュベツと幌加において、昨年に引き続き調査を継続。

 「ここでも次々に新しい発見がありました」

 まずナキウサギの生息地であることが判った。また、風穴と永久凍土があることも判明した。6月の調査時点で地温が0・1℃。亜高山帯・高山帯の植物であるイソツツジやコヨラクツツジ、ゴゼンタチバナなどの群落があり、風穴から冷風が噴出している。

 調査地点は谷を挟んで伐採地と天然林が向き合っている。皆伐斜面の下に僅かに森林が残っており、10月の調査ではそこでもナキウサギを発見。皆伐斜面全体に風穴があり、伐採によりそれを破壊してしまった疑いが濃い。皆伐により風穴植生、永久凍土による森林生態系が壊滅的な打撃を受けたのだ。

 皆伐により、谷の反対側の天然林の陽が当たりやすくなり、風通しもよくなった。また、集材路の影響で川の流れが変り、斜面を抉っている。対面の皆伐により天然林も大きな影響を受けている可能性が高い。谷筋にあったコケが10mにわたり表土ごとずり落ちていた。永久凍土と風穴が壊れてコケが着生できない、あるいは乾燥化により土壌層が破壊されたのではないか。

 「酔っ払いの森(ドランク・フォレスト)」という言葉がある。永久凍土が融けて地盤が緩み、森の木が倒れる現象を言う。同じ現象がこの斜面で起きている可能性があるのだ。

 今年11月の調査では、大雪山国立公園内の大雪高原温泉に近い大雪山系の核心部の保安林でかなりの規模の皆伐現場を発見した。伐採後の丸太を集積する土場、運び出す集材路が森林法に基づく計画より大きかった。土場面積は知事許可の2倍、集材路の幅員は計画では4mのところ最大28mに達していた。そして集材路周辺では伐採対象であることを示すラベルがない切り株が12本確認されたのだ。9月にはこの周辺で同様の切り株を19本確認していた。

 「大雪国立公園内の保安林で伐採により森林が破壊され、森林生態系が危険な状態にあります。改めて国立公園内の自然を手つかずのまま保護したいという想いを強くしました」

 保安林における森林伐採には知事の許可が必要になる。だが、大半の場合、国有林の保安林伐採については林野庁の申請を右から左に許可するのが通例となっていた。だが、この伐採現場については道が森林管理署に申し入れをしたという。

 市川さんは、

 「許認可権を持っている道が国立公園内の森林を護るという姿勢をしっかり持っていれば国有林と言えども無茶苦茶な伐採はできないということです。保安林は全国民の利益のためにあるのですから」

 という。ただ、本来、国立公園内における森林生態系破壊をもたらすような森林伐採を阻止するのは国立公園を所管する環境省の役割だ。

 「国立公園の国有地はすべて環境省に移管すればいいと思います。北海道の国立公園は大半が国有地ですから、国有地部分を国立公園に指定し、所管を林野庁から環境省に移管する。北海道ではそれができる。将来的にそういう方向になれば少なくても国立公園内の天然林は護れます」

 CONFEでは、来年度も引き続きやんばる・大雪の森林生態系調査を続けるとともに、伐採そのものの費用対効果を検証する予定だ。
 

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