北海道発 秋山財団ネットワーク形成事業「新しい公共」の担い手づくり


Vol.11 苫東環境コモンズ誕生(2009年11月号)

社会起業研究会


 社会起業研究会(代表・小磯修二釧路公立大学学長)は、去る7月31日札幌で第3回社会起業研究会を開催した。今回はその中から財団法人北海道開発協会開発調査総合研究所主任研究員・草苅健さんの基調報告「苫東環境コモンズ誕生の経緯とこれからの取り組み」を抄録する。(文責・堀武雄)

 工業基地として知られる苫小牧東部工業地域(通称・苫東)は、広大な緑地や湿原が散在し、自然と共生するインダストリアルパークを理想として生まれた。現況緑地を保全しながら有効に利活用していくため、「苫東環境コモンズ」というNPOを設立しようとする動きがある。中心となって活動しているのが草刈さん。前苫東会社に勤務していたことから、産業だけでなく、共有地・入会地を意味する「コモンズ」の発想で、地域の宝として見直されている苫東の自然資源を地域と共に有効に利活用していこうという考え。草刈さんはその経緯や思い、現在の活動などについて報告した。


苫東の里山的自然は地域の宝ではないか


 まずNPO法人苫東環境コモンズの設立趣意書を紹介します。
「広大な苫東地域は、昭和40年代までの本州以西の公害発生の反省に立って、『公害のない緑豊かな苫東』を標榜し、高度に規制され、かつ美しいという米国のインダストリアルパークの概念を参考に計画されましたが、生産施設以外の現況緑地や公園緑地は苫東プロジェクトの財政破綻を契機に、それまでのような管理体制が組めない状況に陥りました。次代を担う産業空間と目された苫東地域では、現在もその自然環境を積極的に活用し、広報し、複合的に総合力をバックアップする体制にはなっていません。このたび設立を申請するNPO法人は、苫東が勇払原野のかつての姿をとどめつつ、地域の住民によって入会=コモンズのように利活用されてきて現在も続いていることと、地域ボランティアの活動の広がりを背景にして身近な里山的環境を道央圏を含む地域全体がコモンズ的視点で利活用を図りながら維持管理に貢献しようとするものです」
 もっと深い動機としては、苫東・勇払原野の里山的な自然が苫東だけのものではなく、地域の宝なのではないだろうかということ、そして林というのは不動産として土地を所有している人だけのものではなくて、風土を共有するみんなのものではないだろうかという観点に立ち至ったということがあります。もちろん、こういう環境が大変気持ちがいい、居心地がいいということでもあります。  昭和25年に北海道開発法が公布され北海道開発庁が発足。翌年にに第一期の北海道総合開発計画が動き始めます。昭和45年には第五次北海道総合開発計画が閣議決定され、翌年、苫東野工業基地基本計画ができる。47年には苫小牧東部開発が設立。平成7年に苫小牧東部開発新計画ができて、平成11年に新しい苫東が設立され、旧会社が清算されます。私は昭和51年に苫東の緑地づくりが始まったのを契機にスタッフとして加わりました。
 苫東の生い立ちを考えるときには人口動態を見ておきたい。昭和20年に2万人ちょっとだった苫小牧の人口が、西港の掘り込みなどにより4万人に増え、昭和35年には6万人、40年には約9万人に達しました。この間に工業用地の建設が着々と進み、苫小牧の人口はそれに合わせて増えてきました。その背景には炭鉱の閉山による人口流入があります。現在の人口は約17万人。5年間で2万人くらいのスピードで増えています。
 昭和32年に北大の中谷宇吉郎先生が「北海道開発で800億円が消えた」とおっしゃった苫小牧港ですが、その50年後の現在、全道の取扱貨物の約半分、フェリー取扱貨物の6割、外国貿易の43%を苫小牧が占めています。北海道経済の自立という当初の目的からすれば非常に貢献度が高いと思います。


土地の重層的利用で勇払原野の風土を共有


 その苫東になぜ今NPOなのか。勇払原野の自然環境が地域資源として再評価されています。生物多様性の重要性と里山の認識です。広大すぎて手が回りにくいほどで、十全に管理することが可能なのかという問題があります。そこで市民レベルの関わりが非常に活発になってきました。NOP的な活動も生まれ始めています。そこにコモンズ的な視点を加えて地域の財産である勇払原野を地域や近隣の住民がギブアンドテイクの管理をしようというのがNPOの基本的な考え方です。
 コモンズというのは、「共有地」と訳され、経済学辞典によると「それぞれの環境資源がおかれた諸条件の下で、持続可能な形で利用、管理、維持するための制度もしくは組織のあり方のこと」とあります。嘉田由紀子さんによれば、環境社会学では「森・海・川・湖沼など地域の人々が共同で利用するパイ」をコモンズと呼ぶと定義しています。
 環境コモンズというのは造語で、苫東において圏域の住民と一緒に管理して行こうというときに絞り出してきたのが環境コモンズという概念です。明確な私的所有の枠組み、ここでは株式会社苫東ですが、所有者の許容する範囲で地域・圏域住民が環境享受を行い、その機会に利用者が情報発信を行う相互間による仕組みのことを言います。言い換えると、土地の重層的な利用によって持続可能な環境を保全して行こうということです。勇払原野の風土そのものを共有することです。
 そういうことで環境コモンズ研究会をつくりました。現場では苫東環境コモンズをつくる必然性があります。もう一つは北海道全体の中で環境コモンズのあり方を専門的な立場で検討する場が必要です。これは北海道開発協会の調査研究の一環として小磯先生を座長とする研究会を設置しました。苫東環境コモンズはここに参集して苫東現況緑地の保全と活用を行う仕組みです。全体が勇払原野で、その中には美々川、ウトナイ湖、イコロの森などがあり、苫東もある。その一部に、主たる担い手としていろいろなNPOとともに苫東環境コモンズがある。
 苫東は多様な植生、自然に恵まれています。生物多様性における海から里山までを苫東が丸抱えしています。広葉樹を主とする雑木林で、ミズナラ、コナラ、シラカバは場際すると萌芽するという特徴があります。切り株から芽を出す。30〜35年くらいの木を切るとそこから芽を出しますから、35年経ったらもう一度切ることができます。何度も再生するので、サスティナブルな林です。こういう林は、どれとどれを切って、どの程度の密度に仕立てていくかということを綿密に調査します。
 雑木林500haの一画に作業小屋を作り、そこを拠点に作業を進めています。保安林伐採の許可を取ってカラマツ林の間伐をしました。サラリーマンの私が土日の数時間、11月から3月まで作業すると、私の能力で1ha、100m四方の雑木林の間伐ができました。本数にして600〜70本くらいになります。
 苫東環境コモンズでは、このように利活用の可能性のある場所をいくつかプロットし、ミズナラ・コナラの保全やフットパスの利活用をしていこうと思います。いくつかにゾーニングし、特徴を洗い出して、やれるものからやっていく。手入れをした雑木林は大変気持ちのいい環境に変わります。里山の風景は人間が作るということに集約されます。キーワードとして「手自然」という言葉を使っています。人の手が加わったことによって里山がシェイプアップして環境が変わってくる。コピーライターの糸井重里さんの造語です。
 

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