北海道発 秋山財団ネットワーク形成事業「新しい公共」の担い手づくり

Vol.5 持続可能な農業目指す(2009年5月号)

十勝農業イノベーションフォーラム


 農業は私たちの暮らしになくてはならない基礎的な産業だ。農業関連産業にたずさわる当事者だけでなく、私たち市民が守り、支えていかなければならない大切な産業だ。そのためには市民の視点から農業を考える必要がある。十勝農業イノベーションフォーラム(代表・鈴木善人潟梶[プス社長)では、市民や生産者の目線で持続可能な農業のあり方を考えるとともに、今日本の農業が直面している難局を乗り越えて社会的に意義のある新価値を創造し、大きな変革(イノベーション)を誘発する活動を行っている。






農の現場を始点にしたネットワークづくり


 将来にわたり安全な食料を安定的にに確保するためには、日本の農業が持続的に繁栄することが求められる。また、農業は食糧生産の場という存在にとどまらず、国土の保全や環境保全、文化の伝承、美しい景観形成など多面的な機能を持っており、私たちの暮らしに広く密接に関わっている。その多面的機能を果たすためにも持続可能性が求められている。
 農業は自然との共生により成立する産業であり、次世代のパラダイムである低酸素社会に向けても大きな期待が寄せられている。特に農地土壌は温暖化ガスの大きな吸収源となり得る可能性があり、適切な農地管理方法やビジネスモデルの開発が期待される。
 十勝農業イノベーションフォーラムでは、これからの農業のあり方を市民や生産者の目線から議論し、科学的に正しく考え、農業を理解し、支えていくために設立された。代表の鈴木善人さんは、農業コンサルタントで、農業経営や技術的アドバイス、ファーミング・ビジネスの仕組みづくりなどを行っている。農業を企業化し、企業家として農業を経営するということだ。それは農場を法人化するという手続き上の問題ではなく、経営理念を持つこと、顧客や仕入れ先、地域、社会などの利害関係者との関わり方を明確にすることを意味する。
 鈴木さんは、「ファーミング・ビジネスを発展させようとするなら、自社(農場)を中心とする幅広い人的ネットワークを構築することが必要です。特に農業にとって最終消費者である一般市民との直接的なコミュニケーションの場が必要です」という。
 これまで生産者と消費者という対極の立場にある人たちが直接意見を交換する機会は少なかった。「食」と「農」をテーマとして同じテーブルについて議論することで、自分や家族に身近な問題として農業や食の生産現場を感じ、食べるためになくてはならない産業である農業を消費者が自ら支えていかなければならないという意識が芽生える。食の安全や安心を消費者が生産現場を知った上で自分自身で判断すべきだろう。そうすることで、生産と消費の距離を縮めて双方向を信頼を築くことができる。
 「そうしたネットワークに消費者、市民、企業などさまざまな属性の人たちが関わることで農業経営に新しい可能性が生まれ、今まで気付かなかった農業の持つ価値に注目する人も現れるでしょう。そもそも農業は食糧生産だけにとどまらず、国土や環境の保全、文化の伝承、美しい景観形成など多面的な機能を持っているのです」(鈴木さん)
 ネットワークが形成され、ヒトの動きが出てくると、モノと情報とカネが動く。高齢化して疲弊した農村に人が移り住み、新たなコミュニティやビジネスが生まれる可能性もある。鈴木さんは「農の現場を始点とするネットワークが地域活性化、地方のまちづくりの鍵を握っているように思います」と語る。


「共有」から「共鳴」へ
アース・カフェで農業学ぶ


 十勝農業イノベーションフォーラムは「持続可能な農業」を目指す。それには「食べる人」である消費者の理解と支持が不可欠。農業を持続可能な産業として後世に伝える責務を生産者だけに押し付けるのではなく、多くの市民で担っていく。農業は世代を超えた地域の公共財産と考えなければならない。そのためには、農業が持つさまざまな情報を含めた資源を「共有」し、「共鳴」する必要がある。
 その実践として「アース・カフェ on the Farm」がある。このイベントは農業生産の現場で市民や生産者の目線で農業を学び、感じようという趣旨で、「一般市民と農業者をつなぎ、農業の社会的な理解を深める新しいコミュニケーションの手法」として企画された。
 フォーラム設立の4日後、昨年7月5日に開催された第1回アース・カフェは、上士幌町の十勝しんむら牧場で「農地からの地球再生〜腐植による土壌への炭素蓄積〜地球温暖化防止と地力増進」をテーマに行われた。「牧場ウォーキング」では、参加者が実際に牛が草を食べている放牧地を歩き、新村社長の酪農経営に対する想いや牧草地の多様な生態系についての説明を受けた。また、話題提供として帯広畜産大学准教授の谷昌幸さんが土壌のの持つ機能性について解りやすく解説。「土壌には植物を生産する機能のほか、環境を浄化する機能、貯水、透水機能があります。土壌は地球の表面を構成する大気、水、岩石、生物の間の接触面となって、エネルギーや物質の流れをなめらかに循環する重要な役目があります。土壌の持つ緩衝機能が地球上の生命と環境を支えているのです」と語った。
 アース・カフェの第2回は10月11日「農業の原点へ〜北海道ホープランド 放牧豚による有畜農業回帰への取り組み〜」をテーマに、幕別町の北海道ホープランドいちご園で行われた。案内人として同社社長の妹尾英美さん、ゲストとして帯広畜産大学地域共同研究センター長の関川三男さんが参加。農場トレッキングやゲストスピーチの後、意見交換が行われた。
 第3回は11月15日、舞台を札幌に移し、「北海道、お米の未来〜新米を味わい、語る、美味しいごはんの話〜」と題して札幌テレビ塔で行われた。生産者プチプレゼンには北竜町のナチュラルファーム黄倉、美唄市の今橋農園、東旭川の古屋農園、旭川市永山の今野ファーム、深川市の上島農場、美唄市の阿部農場が参加、7種の新米試食会のあと、上川農業試験場栽培環境科長の柳原哲司さんによるゲストスピーチ、柳原さん、今橋農園の今橋道夫さん、JAあさひかの大槻則義さんによるトークセッション、意見交換を行った。
 アース・カフェは、これまでの製造や流通が主体のアグリビジネスとは一線を画し、農業企業家が主体となったファーミングビジネスの新展開と、農業を企業化することで可能になる地域の経済やコミュニティの再生、自然と調和した持続可能な社会の形成を先導するアゴラ(広場)となることを目指している。
 十勝農業イノベーションフォーラムでは、今後も年数回のアース・カフェを開催する予定。ウェブサイトやメールマガジンによる情報発信や会員間の情報共有を図るほか、ワーキンググループでの勉強会も行う。また、会員が企画するイベント応援、農業企業家や社会起業家の育成支援、農業をテーマとして民間企業の公益的ビジネスモデルや農業CSRの提案などを行っていく。 

 

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