北海道発 秋山財団ネットワーク形成事業「新しい公共」の担い手づくり


Vol.10 自然再生と社会企業(2009年10月号)

社会起業研究会


 社会起業研究会(代表・小磯修二釧路公立大学学長)は、去る7月31日札幌で第3回社会起業研究会を開催した。「テーマは自然環境の保全・再生と社会企業」。今回はその中から、ビジネス手法を導入して自然環境の保全・再生活動を行っている潟lイチャースケープ社長の中川功さんの基調講演をレポートする。

 ネイチャースケープは、自然環境の保全・再生をミッションに1998年に設立。自然環境の問題を幅広く解決していくため、コンサルティングを中心とした活動を行っている。大手電機メーカーで製造業や流通業、サービス業などの企業を顧客にビジネスコンサルティングを手掛けていた中川さんは、「自然環境で飯が食えるようになるということは、社会の仕組みの一つになること」と考えて起業した。その経緯、事業内容、社会的企業としてのこだわりや、独自のビジネスモデルで取り組みを進めている里地里山再生事業について講演した。


多数決が正しいという世の中に疑問を感じて


 前職ではビジネスコンサルタント、システムインテグレーターとしてやっていました。コンサルの仕事は手掛けてから3〜5年しないと結果が出てきません。そのころにはもうそのプロジェクトはなくなっていますから、自分がその結果に対して責任が取れるのか、疑問に思えてきました。また、自社技術よりグローバルスタンダードを重視し、独自性より画一性、スケールメリットを追求しよう、多数派の意見が正しいという風潮になってきました。物事の善悪を判断するときに個性がない世の中、多数決が正しいという世の中に疑問を感じていたとき、立ち返ったのが自分の原風景でした。最初は単なる郷愁でしたが、それが自分の本質であり、居心地の良い居所であることに気付きました。それを仕事にできないか。自分の原風景を追求することが利己主義に収斂してしまうのか、少しは公的な意味合いを持てるのか。原風景とは里山や生き物とともにある畑などですが、それを再現することを自然環境の保全・再生だと定義し直してみると、利己ではあるが人に迷惑は掛けない。それで満足できればきっと持続可能なものを作れる。それでチャレンジしてみようと会社を作りました。
 チャレンジしたのは3つ。一つはまったくの異分野への進出。2つめは自然環境分野を社会経済メカニズムに組み込めるか。3つ目は自分のノウハウ・スキルが環境分野に通用するか。
 極論すれば私のビジネスは自己満足です。これは自分に対する戒めでもあり、自己満足を追求する中では自分を律していなければならないということを絶えず意識しています。そのために評価基準を3つ作っています。1つは自分の限界を尽くしているか。2つ目は科学的論理的知見と自分の主義主張、考えが合っているかという照合をきちんとしているか。3つ目は自然・生き物の声を代弁できているか。経営者ですので社員にも同じ考え方を求めますが、社員も失敗するし、会社の事業も失敗します。そのときは私が最終責任を取る。最後は私がケツを拭くという気持ちで事業をやっています。


大衆迎合もせず妥協もせず正しいことを正しいと言う


 会社の禁則事項は、大衆迎合、パラサイト、独自性、妥協など。ヨーロッパの製造業はマーケティングをしません。マーケティングの文化はアメリカと日本だけです。ヨーロッパの製造業は、技術者が作りたいもの、世の中で必要とされていると思うものを作り、世の中に出してそれが受け容れられるかどうか、絶えずスクリーニングを受ける、という姿勢です。大衆迎合しない代わりに独自性も追求しない。例えばガリレオのことを誰も個性豊かだとは言わないし、ガリレオも独自性を追求したいとは思っていない。長いものに巻かれず、妥協もしないで自分が正しいと思うことを客観的に評価しながら、正しいぞと言うことが必要だろう。そういう気持ちがなければガリレオは生まれなかったし、正しいものも見えなくなると思っています。
 どうして株式会社なのかというと、目的の1つが環境分野を社会経済メカニズムに組み込もうとしているのに、そこからスピンアウトしてはいけない、自分自身も社会経済メカニズムの一員で、そこに環境分野を引きずり込むくらいのスタンスでなければだめだというのが1つ。もう1つは第3者から出資を受けています。公的なところですが、その出資者の眼を絶えず気にすることによって自分を絶えず評価できるという状況を作っています。
 製造業の生産管理では、計画を作って実行することが習慣になります。PDCAのサイクルは作れなくても、手順を踏んで物事をじっくり確かめながらすすめる。そのプロセスを作っていく仕事を環境分野でやろうと考えました。プロセスデザインとは、ある目的を達成するために必要なプロセスを作り、そこで必要となるものを洗い出し、難しいタスクを分解し、担当を振り分けること。タスク分解とは、10やらなければならない仕事を、2つずつ5つの仕事にわければ、1つの仕事の要求スキルが低減されますから、関与と参画の機会をふやすことができます。10を達成するために関与者が5人いなければならず、その5人は互いに共存共栄の関係になります。誰かが欠けると困るという状態になるので、関与者が相互に社会的必要性を自覚できるという効果があります。
 計画ができたら上手く回るかというと、失敗します。失敗してもいいと思っています。失敗から何かを見つけ出してやろうという考え方でいると、計画は成否や変更点を判断する拠りどころになります。Doは計画をやってみる手順と位置付けることができます。その結果、Plan/Doはそれ自体が目的ではなく、次のプロセスデザインをするための手段として位置付けられます。例えば生産管理をやっていると、生産管理は次の生産管理を作るためのデータ収集手段になります。そのデータ収集ができる仕掛けを生産管理のフローやシステムに盛り込むことがプロセスデザインだと思っています。
 リバースエンジニアリングとは、今起こっている事象を解析し、洗い出して改善点につなげようという考え方。解析ですから評価と分析です。改善点を見つけるのはActionですから、ここまでくればPCDAサイクルが完成します。


2000年の二次自然が戦後60年で様変わり


 自然は原生自然と二次自然に分けられます。原生自然は人間がタッチしてはいけないところ。二次自然は人間がタッチしなければいけないところ。だから関与の仕方は原生自然の場合は限定的です。二次自然の場合は、今までの人的霍乱が変質したり止まったりしたときは、きちんと人的霍乱を与えるような、継続できる手当てを講じないとだめだと規定できます。
 こういう定義をしてから実際にリバースエンジニアリングをしてみました。対象は二次自然。分析してみると、二次資源が作られたのは弥生時代から始まり、2000年〜3000年の間、在来農法によって形成されてきた。ところが戦後、近代農法が入ってきて、特に高度成長期以降は、土地利用が変ったり過疎化が進んだりして耕作放棄地が増えた。2000年続いてきた二次自然がこの60年くらいで様変わりをしてしまったという状況にあると分析しました。
 この状況にたいして自然を再生するにはどうすればいいか。手がかりは2000年の蓄え、つまり在来的なところに再生目標が設定できるだろうし、再生メソッドを見つけられるだろう。幸い我々は近代科学を持っているので、在来手法を検証するメソッドになる。
 事業を進めるに当たって再生目標は戦前までの里地里山環境の生態系全般としました。いろいろなメソッドを洗った結果、残ったのは在来農法、在来工法と、自然環境系には生息地保全・HEP(ハビタット評価手法)・HSIハビタット適正指数)、生産技術ではIBM・IPM(総合的病害虫管理)が残りました。
 CRM(顧客関係管理)・CI・IRは他社との差別化を図る経営戦略です。そういう企業のニーズを負担にならないように提供するメニューを提供するのが当社の自然再生事業・エコデザイン事業です。自然再生事業はフィールドを当社が借りて自然再生をやるので、一部でもいいから応援という形で委託してもらう。企業は自然再生事業をアウトソーシングしていることになるので、自社で自然再生をやっている、と言えるようになります。実際にフィールドがあるので、エコツアーで顧客を連れてきても結構です。ネーミングライツでも結構です、という事業を展開しています。
 エコデザイン事業は、企業が社会的事業をしたいとき、自然環境の分野で企画立案をします。工場を作るときなどに環境負荷を低減する方法を提案する事業です。
 そのほか、ITソリューション、GISソリューションなどをやっています。
 そういう事業を展開する中で、大切なのは生息地保全だということに行き着きました。地域それぞれに相応しい生き物がいて、その生き物が必要とする生息要件をそろえるところまで提案する。つまり生息地を回復、再生するところまでは人間がやって、その先は生き物たちに頑張ってもらおうという考え方です。こうすると、希少種や特定種にターゲットを絞らなくても、そこにいて不思議ではない生き物全般の生態系を再生することができます。


地域資産で地域を作る
最終目的は地域再生


 里地里山再生事業というのは、二次自然が耕作放棄されたり、里山が放棄され荒れている場合に、今考えうる全ての技術を使って農地や自然、里山の再生をやります。里地里山や耕作放棄地の再生は、地権者にとっても地域社会にとっても環境分野にいる人にとっても、きっとニーズがある。在来農法・在来工法を使い、タスク分解をしてやると、そんなにスキルが高くなくても参加、関与ができます。関与ができるということは企業が何がしかのツールとして使うことができるので、企業のニーズが出てきて、民間資金を注ぎ込むことができると考えました。
 在来メソッドは、自然と同じで地域それぞれに固有の独自性を持って生まれてきた地域資産です。これが今はほとんど使われない。使われないから疲弊する。その地域資産を発掘し、今の世の中で使えるように再評価します。その姿を見せることが地域の自信になる。地域資産を使って地域を作っていくと、それぞれの地域が独自性、主体性、自律性をもって発展していくことができるだろうと思っています。地域再生の鍵はきっとそこにある。ですからこの事業の最終目的は地域再生です。
 今の地域は昔の村社会のようにクローズではないですから、広く解釈するとコモンズというところに定義できます。ソーシャルネットワーク型もしくはコミュニティ型でひとつのビジネスモデルを完成させていくものなので、自然環境の分野でも地域づくりでも、いろんなバリエーションに展開可能だと思います。
 人と人との関係だったら後から折り合いをつけて直すこともできますが、自然との関係は、後から折り合いをつけようとしてもすでにその自然が潰れてしまっていたり、生き物がいなくなっていたり、知らないうちに人間からの負荷を自然に押し付けているだけというふうになってしまいます。だからちゃんと計画を作って、評価をしながら慎重に進めていく必要があります。そうすれば、自然はそれなりに応えてくれます。



 

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